#5 福島の質量と体積
この規模でこの分厚さのものが、こんなに壊れてるんだって / ポジションをとる上で反対か賛成か、そんなに白黒つけられるものじゃない / 電力という巨大なシステムのうちの一つの不具合としてしか受け入れられない
なつき:ちょっと福島に行った話をしたくてさ。
ひろや:あ、行ったんですね。
松田:それ聞きたい。てか最初に記事を上げて以降もみんな福島に行ってるはずやのにさ、全然その話してくれへんやん? いやしろよ。
西川:笑 でも私何回も読み直してるよ、松田が行ったときのやつ。

松田:でしょ、もっとみんなの言葉で聞きたいのよ。てかまほちゃんも行ったん?
まほ:行った行った。
なつき:二日目に原発の構内に入ったんだけど、一日目は太郎のコーディネートで、現地で起業した人とかの話を聞いたりして。
松田:毎回器用にやってくれるよなほんまに。
なつき:原発自体もそうなんだけど、そういう人たちの話を聞くのもおもしろくて。
松田:うんうん。
なつき:特におもしろかったのは haccoba っていう、craft sake をやってる人のお店に行ったんだよね。そのときはたまたま NHK の取材も来ていて。
松田:はいはい。

なつき:で、その人はもともと Wantedly にいたんだけどやめて、日本酒の酒蔵で修行して、28くらいで自分の酒蔵というか、お店を作った感じで。それで今30歳…だから大森さんとも同い年なのかな。
松田:はいはい。
なつき:普通にこんな生き方もあるのかっておれは思ったんだけど、そういうのもあって町が死んでなかったよね。もちろん今回見たのはポジティブな面だけだし、人口は震災前の1割とか2割にはなってるんだけど…でもなんか、すごくいい町だなって。
松田:なんかそういう感じあるよね。逆にありというか…何もなくなったところに綺麗な町が作られて新しい人も入ってきて、みたいな。効力感を持って参加できるコミュニティがある感じ。
なつき:そうそう。新しい人として新しいコミュニティに入れるし、元々いる人たちにも受け入れてもらえそうな土壌があるというか。居心地はすごいよかった。
松田:大就さんって会うた?
なつき:いや。

松田:なんかおれが前に行ったときはね、大就さんって人に太郎が会わせてくれてんけど、外務省からコンサルいって、今は福島にいるって感じなんかな。その人も言うてはったけど、都会から行くにあたって典型的に警戒するようなややこしさは全くなさそうやった。
なつき:そう、なんか普通に東京の延長って感じだったな。
松田:そうやんね、別に1-2年住んでもええよなって思ったわ。電車乗ったらすぐやしね。
まほ:でも確かに、東京の延長感は私も感じたな。
なつき:そうだよね。別になんか、全然違和感がなかったというか。もちろん会った人全員が若い人だったっていうのはあるんだけど…でも自分の地元に感じるような気持ちは全く感じなかった。
松田:あー、そうそう。
なつき:別に東京にいても根無草だし、じゃあ向こうに行っても変わらんよなみたいな。
まほ:でも建物の綺麗さみたいな、それが寄与してる部分はあるんじゃないかとは思う。
松田:まあそれはある。
なつき:でもやっぱり、東京にいて新しいお店ができるとか商業施設ができるとかを見てるような、そういう感覚があるよね。まだまだここから新しく町ができていくんだろうな、みたいな。
西川:それどの町ですか?
まほ:浜通りの、上は南相馬から下は富岡までいろいろ回ったけど、全部の自治体が綺麗だった。
なつき:あとはまあ、原発はおもしろかったよね。
松田:原発はね、やばいよね。
ひろや:…何がやばいんですか?
松田:やっぱボリュームがすごいね。Wikipedia で読んでも長いのに、それが質量と体積をもってそこにあるねん。

ひろや:前にかずしも行ったみたいですよね。
松田:らしいね。あれはね…まあこういう言い方はしたくないけど、でも行かな分からんところがあるな。
なつき:うんうん。
松田:それこそさ、1号機から4号機まで見渡せる高台があったやん? あれ原子炉を岩盤に直に建てるために表土を削ったとかいうけどさ、その結果20-30メートルの崖が生まれてるのどういうことなん。
なつき:そうだよね笑
ひろや:てか敷地内って入れるんですか? 長時間いちゃいけないみたいな制限はないんですか?
松田:もちろんあるし、自由にうろうろできるわけではないよ。
まほ:線量計はつけさせられるし、それが途中で鳴る。
西川:音はなるけど、だからどうって話でもないよね。
なつき:松田が行ったのって2年前?
松田:そう、でもそのときは構内には入ってへんねん。せやから去年の秋に、原発に入るためにもう一回行ったわ。

原発構内に入ったことの証明になると言われて事前に期待値を上げられまくった、LAWSON 東電福島第一大型休憩所店のレシート。店に入ってから買いたいものがないことに気づき、よく分からないままにカロリーメイトを買った。
なつき:なるほどね。おれらは今回は建屋の周りまでで、5号機6号機の中には入らなかったんだよね。
松田:あ、そうなんや。
なつき:だから比較的軽装で、防護服を一枚羽織るだけでずっと活動できたね。
松田:建屋に入るのは…なんかすごかったよ。手袋と靴下を2-3重につけて、汚染エリアから相対的に綺麗なエリアに移るごとに、その手袋を一枚ずつ剥がしていくねんな。
なつき:へー。
まほ:ガウンエリアみたいな表示はしてあったね。でも松田くんも言ったけど、でかいって衝撃が一番だったな。ミニチュアみたいな距離感で建物が崩れている映像しか見たことがなかったけど、この規模でこの分厚さのものが、こんなに壊れてるんだって。
松田:質量と体積があるのよ。
西川:その表現いいね。
松田:もうね、汚水タンクなんてほんまに喫緊の課題やからね。見たら自明なのよ。
まほ:いやほんとに。

ひろや:へー、もうどうしようもできないんですか?
まほ:原発の敷地内の森を切り開いてタンクの置き場を作っていて、それがもうめちゃくちゃあるっていう。
ひろや:てかそれ置いてどうするつもりなんですか?
松田:なんかね、ALPS っていう浄水設備みたいなんがあって、それで放射性物質のほとんどは基準値以下まで取り除けるのよ。でも化学的に水に似てるトリチウムだけどうしても取り除けなくて、それが含まれた水の処遇を先延ばしにするために、めちゃめちゃでかいタンクに…てかあれ一個なんぼするって言うてたっけ?
なつき:一億だね。
松田:そう、一億円か。それがもうめっちゃあるのよ。ここ Aux Bacchanales のテラスには椅子がいっぱいあるけどさ…なんかそれどころじゃなくいっぱいあるのよ。
ひろや:そんなおっきいんですか?
松田:めっちゃでかいよ。おれならあの中に100人住めると思う。
なつき:一億円なんて普通の会社なら決済案件だからね。
まほ:笑
松田:しかもそのタンクの中の水、国際的に合意されている基準やと普通に海洋放出して OK なやつやねん。世界の原発でも同様のレベルの水は普通に放出してるねん。
ひろや:なるほど。
松田:でもまあ過程があっての水やから、合意形成はいるよねってことでタンクを積んできたんかな。国民全員がおれなら ALPS が稼働した瞬間から海洋放出してる気がするけど、そこはやっぱ国やからね。
まほ:笑
ひろや:そんなめっちゃ害があったりするわけでは…
松田:ないねん、まあ普通の水。
なつき:これが普通の会社とかなら、そもそも普通の水と同じだから問題にしないんだよね。でもやっぱ説明をして合意を形成しなければいけないっていうのが…やってる仕事が全然違うよね。
松田:ロジックが違うよね。一億二千万人でやるからこそ、お気持ちが不可避に入ってくるっていう。
なつき:会社だとさ、合理的な判断であれば普通に通るはずなわけじゃん。
ひろや:その水って、そもそも貯めた後にどうするかっていうのは海洋放出以外にはないんですよね?
松田:そう、そうやねん。海洋放出以外にはないんだけれども、でもそのことをみんなに理解してもらうためにずっと置きっぱなしにしてるわけ。
ひろや:あ、そういうこと…先送りにしてるだけみたいな?
松田:そう、合理的な感覚からしたらそうなんだけれども、でも国ってそういうことじゃないねん。先送りとかじゃなくて、そうやってしか積めない何かをひとつずつ積んでいかなあかんねん。
西川:木野さんっていう、廃炉にずっと携わっている経産省の人が案内をしてくれたんですけど、その人について見て回ってると、当初私は「事故起こしてほんと最悪じゃん…」って感情的に思っていたんだけど、また見方が変わったというか。それも今回の大きな意義だったかな。
なつき:自分はそもそも愛知から東京に出てきてるし、まだ若いから住居を変えるのも簡単だけど、ずっとそこに住んでいてああなっちゃうと…結構きついだろうなとは思うよね。
ひろや:そこはもう原発以外には何もないって感じなんですか?
なつき:原発の敷地内はそうだし、その周りもまだ帰還できないエリアが設定されていたりするね。
ひろや:建物は壊れたままみたいな感じですか。
松田:壊れたままのものもあるし、跡形もなく撤去されてるところもあるよね。事故当時に汚染されたエリアはそうするしかないから。
ひろや:へー。
松田:絶対に行った方がええよ。
ひろや:でもそれって、一般には公開されていないんですよね?
松田:うーん…でも構内に入るのは木野さんが案内してくれてて、ほんで木野さんと太郎がマブで、だから太郎とマブやといけるって感じなんかな? まあ原理的には誰でもいけるんやと思うよ。
なつき:行ったら反原発的な気持ちになるんかなと思ってたけど、あんまならなかったのは自分の中でも驚きだったな。これはこれだなって思っちゃった。
西川:私は原発事故があったときは中学生だったんですけど、当時反原発デモに行ったんだよね。
なつき:あー。
西川:原発は本当によくないと思って。それで電力自由化のタイミングだったから、再エネの会社を見に行ったりして笑
なつき:悪いことではないよ別に笑
西川:それで今回行ったんだけど、松田が行ったときの記事にも書いてあったけど、反原発とか適当に言うのよくないなって。
松田:うんうん。
西川:もちろん反原発自体がよくないって話ではなくて、でもポジションをとる上で反対か賛成か、そんなに白黒つけられるものじゃないなって、今回実感を伴って学んだかな。
松田:分かるよ。これはより一般的な話として、賛成と反対との間には分からないっていう領域があるし、好きと嫌いとの間にも分からないっていう領域がある、それでこの領域が実際にはほとんどやねん。
なつき:うん。
松田:判断の根拠が不十分な状況で賛成も反対もないのよね。あるいは知るべきことを全て知った上でも、結局はポジションをとるしかないねん。状況が適切に整理されたら必然的に導かれる結論なんてものは存在しないねん。
なつき:うん。
松田:まあ単純な物事であればどうでもいいんだけれど、こういう複雑な事情を前に、道理として一つの結論が導かれるなんて期待はするべきじゃないよね。
西川:まずは事実を知って、すぐに賛成だ反対だっていうポジションから入るんじゃなくて、情報を収集して議論して、その上で必要であればスタンスをとるっていう。それがいいですね。
なつき:反原発的な気持ちにはならんかったけど、良い悪いは言えないなと思った。
松田:うんうん。
なつき:電力という巨大なシステムのうちの一つの不具合としてしか受け入れられないわ。
松田:そうやんね。これはもう原発に限らずやけど、ポジショントークって悪くないというか、ポジションをとるしかないと思うねん。原発を誘致したら自治体が潤うとか、そういうこと込みでないと良いも悪いもないもん。
なつき:そう、そうじゃないと物事が前に進まないもんね。
松田:さっきまで読んでた本に get real って表現があったけど、ポジションなくして何事も get real しないわけやん。
なつき:うんうん。
ひろや:確かに。
松田:そうしないと、現実の世界とは何も関係のない話をすることになっちゃうからね。
西川:でもまた行きたいな。私は今回二日目からだったから、一日目に行った伝承館とかは行けてないんだよね。
2023年3月17日
Aux Bacchanales 紀尾井町