#10 何も捨てずに選んだものには意味がない
普通それは選ばんやろうという選択肢を取るようなトレードオフ、これを重ねることが肝要 / そうなると、一見ありがたそうなものを相手が持っていて自分がそれを持っていないとしても、なぜそうなっているのかが分かる / こうなるとそうそう何かに脅かされたりはしない
河東:なんか松田、その他最近のトピックスない?
松田:あー…トレードオフについて考えてるわ。
河東:この場合のトレードオフっていうのは?
松田:まあ普通の意味やで。たとえば今日ここに来ることにしたら、彼女と一緒に過ごすことはできない。これはトレードオフやん。
河東:はいはい。
松田:とか、しっくりこないことは絶対にしないと決めたせいで、人生タフい感じになってもうてるとしたら、これもトレードオフやん。
河東:マッキンゼー2000万円はなかったってことやんね。
松田:笑 でもそういうこと。
河東:東大卒もなかったしね。
松田:そう。だから嶋吉の住むタワマンは…まあ自分がそれをしたいとしても、今は指をくわえているしかないと。
河東:あのときあのレポートを書くことはできなかったし。
松田:そうそう…なんかむっちゃ言うやん。
河東:笑
「インド哲学仏教学専修に進学したら何に取り組みたいか、400字以内でこのメールに返信してください」という救済メールに返信しなかったせいで単位を落として中退したわけですが、しっくりこないのに外形的な必然性のみで何かをしてしまうと、二度と自分の人生を素手で掴む感覚を得られないように思ったんですね。太陽が眩しかったから人殺すやつの逆。
松田:まあなんていうのかな。普通に生きてて、トレードオフなんて別に意識しないと思うねん。この休日をどう過ごすか、寝て過ごすのか代々木公園に行って過ごすのか、別にこれをもってトレードオフだとみなすことってまずないやん。
河東:ないね、無限やからね。
松田:そうそう。まあ実際的にはトレードオフなんだけど、そんな深刻な選択ではないし、正直なところどちらでも違いはそうないと。
そうそう(無限…?)
河東:うんうん。
松田:とか…今の河東みたいな状況はともかく、転職先を選ぶときにしたって、おおよそ想定の範囲内の選択肢から一つを選ぶのであって、やはりそうそう真剣にトレードオフを認識することってないと思うねん。
河東:そうね。
松田:なんだけど…たとえば休日、たっぷり寝て過ごすのでも適当に服を見に行くのでもなく、10時間かけてタフい本を読んだとしたら…このトレードオフには意味があるねん。
河東:うん。
松田:要は、普通ならそれを選ぶだろうという選択肢を捨てて、普通それは選ばんやろうという選択肢を取るようなトレードオフ、これを重ねることが肝要というか。
河東:いや、でもそれすげー分かるかも。
松田:これを重ねた先にあるのは…そもそも一つ一つのトレードオフが、普通はそうするという判断に基づいては難しい類のものだから、最終的にはもはや誰にも真似できないものになると思うねんな。
河東:なるほどな。
松田:もちろんここで大事なのは、それぞれ別個のものとして場当たり的にトレードオフを選択するのではなくて、目標でも人格でもまあなんでもええねんけど、ひとつの重心に向かって体系化していくイメージでトレードオフを積み上げることやとは思うねんけどね。
河東:うん、言ってることはすげー伝わる。難しいことやねんけどね。なんか同じ意味なんかは分からへんねんけど、非現実的な目標を掲げることが大事な気がしていて…
松田:はいはい。
河東:なんか…いや、松田とちゃう話になっちゃいそう。いっぺん最後まで話して。
松田:笑 じゃあ話したかったことを全部話させてもらうと、トレードオフをきちんと意識できていると…これはさっきの、完落ちさせる話にもつながってくるねん。
河東:うんうん。
松田:完落ちさせられること、これをおれは権力…あるいは英語で power っていう方が感覚的には近いねんけど、つまりは相手の行動に強制力を行使できることとして認識してるねんな。
河東:うんうん。

But as pioneering researchers Julie Battilana and Tiziana Casciaro deftly show in Power, for All, power is the ability to influence someone else's behaviour. This influence is derived from having access to valued resources, which anyone can have, regardless of their income or status in life. Everyone has a resource to offer, so everyone has access to power.
松田:で、自分のトレードオフに意識的になった上で、普通では取らないトレードオフを体系的に積み上げられていると、自分が今何を持っていて、そのために何を諦めてきたかが全て明らかになるわけやん。
河東:はいはい。
松田:そうなると、一見ありがたそうなものを相手が持っていて自分がそれを持っていないとしても、なぜそうなっているのかが分かるねん。
河東:なるほどね。
松田:自分がそれを持っていない理由と、それと引き換えに何を手にしているかが分かっている…この状況はさっきの話で言うところの、戦略的資源を相手に全く握られていない状態やねん。
河東:うん。
松田:こうなると、少なくとも絶対にフェアでいられるし…それを徹底的に実践していると往々にして、他の誰にも到達し得ない、非常に希少な資源を手にしていると思う。そしてそれが相手にとっても意味のある資源であった場合、絶対的な優位に立てる。
河東:なるほどな。
松田:この話、そもそもは2方向から考え出してん。ひとつにはさっきの完落ちの話、つまり相手に戦略的資源を握られていない状態について考えていたことからと…あとは太郎に教えてもらった『マイケル・ポーターの競争戦略』、この本の中で戦略について書かれている第二部を読んで、思うところがあってという感じかな。
河東:はいはい。

松田:うん、でもこのトレードオフっていうのが、今のおれにとっては一番のホットトピックやわ。
河東:確かに今の、相手の持っているものを自分がなぜ持っていないかが分かるっていうのはすげえ大事やな。
松田:そう。それと同時に、自分が何を持っていて、自分はそれを選んだんだということも思い出せるねん。こうなるとそうそう何かに脅かされたりはしないよ。
河東:それ…すごい大事やけど、でも難しいよな。
2023年4月7日
Aux Bacchanales 紀尾井町